
「わかった!」と言ってもらえなければ教える方の負け。
福祉と教育の歴史は、それらの共通の目的が、能力に合わせて自立を図ることであると教えています。わからないことを楽しく学ばせるための工夫が大人に託された責任と自覚しています。
「しなさい」と言われてする勉強は面白くない。それにもかかわらず私が教員を目指したのは、勉強や研究することの楽しさを知ったからです。知らないことを知った時や解き方もわからなかった問題を解くことができた時、どのような結果が得られるのかわからない実験をして新しい事実を発見した時、そんな時の楽しい体験を学生たちにもしてほしいと思ったからです。
一方で、学生たちに「わかった!」と言ってもらえなかったら、教え方に不足があったということ。大勢の学生を相手にする時は、個々の学生の知識も興味を違うので、なかなか難しい。しかし、「わからない」のは学生のせいではない、教員の教え方のせいなんだ、と思って試行錯誤していました。この姿勢は不登校児童への学習支援でも基本的な想いとして持続しています。